詫摩武俊先生の講演

marumo552006-06-23

 サトウ先生主催による詫摩武俊先生の講演会に参加させてもらいました。
「一心理学者がみた戦後日本の心理学」というタイトルでしたが、詫摩先生ご自身の視線と体験による戦後の大学心理学教育の空気がリアルに伝わってくるような内容でした。
 研究理論の変遷といったフォーマルで行動産物的学史の研究とは別に、ある特定の研究者による研究行動の歴史に触れることは、現在の心理学の在りよう「どこにいるのか」だけではなく、より積極的に今われわれは「何をしているのか」を考える上で参考になるものです。
 詫摩先生は、サトウ先生の師匠であり☆先生の師匠筋にあたる学者で、双生児研究やパーソナリティの分野でよく知られる先生ですが、今回の、ご自身の旧制高校から大学への進学やドイツへの留学のお話などから、「徴兵にひっかからなかった最初の学生」という時代のわが国の心理学教育の内容やそれを目指す学生や教授の行動など、具体的な状況がわかります。
 当時の心理学専攻の必須科目は、心理学概論、実験心理学、心理学演習、心理学特講、普通実験、特殊実験、卒業論文とのこと。心理学概論はヒルガード、普通実験は触二点閾、特講では、宮城先生の異常心理学、小川先生の知覚心理学、山下先生の児童心理学、相良先生の記憶とお話を聞いていくと、科目名も内容も本質的には今とあんまり変わらないですね。現在の心理学教育の原型はこの辺で確立していたのですね。ちなみに小川先生は私の師匠だし。
 「200種類の被験者をやらないと一人前にならない」というのも面白いお話です。当時から、被験者集めに苦労したんじゃないかという裏の随伴性も感じますが。
 先生のお話で興味深かったのは、そうした実験心理学の教育を受けられた先生がドイツに行って、Lersch教授にフランクルの「夜と霧」を読みなさいと言われて渡されたくだり、そしてドイツの中でも実験器具など何もない大学の教官に対して「この研究室のどこに心理学があるのですか」と聞かれたところ「私の血の中に」という答えを聞いた、というエピソードです。「実験心理学以外にも心理学がある」という体験だと思います。そうした経験がその後の先生の研究に影響を及ぼしただろうことは想像に難くありません。もっとも、先生が最初の研究に際して、「知能の本質とは」「それが劣るというのはどういうことなのか」ということを、精神薄弱児と起居をともにされて研究されたというその真摯な研究態度こそが現在の先生の原型だと思いますが。ただその背景には、岩波文庫の★ふたつを1日で読むのがノルマといった当時の学生の生活背景もあるかと思います。現役学生の諸君は見習ってくださいね。
 一生のどの時代をとっても、お金、時間、体力の3つの要素が揃うことはないという、先生の有名な「格言」がありますが(サトウ先生も大好きな)、80歳になられても、明晰なお話、時間も体力もある状況と見受けられます。金(研究費)の方はサトウ先生にまかせて、うち(人間研)の客員研究員になっていただけないかな。